日本でのゲーム

20周年を迎えた「ニンテンドーゲームキューブ」は本体カラ―がうんち色からパープルに変更されていた – GIGAZINE



任天堂がNINTENDO64のあとにリリースした家庭用ゲーム機の「ニンテンドーゲームキューブ」は、日本では2001年9月14日に発売されましたが、アメリカやカナダでは2001年11月18日に発売されました。発売20周年を迎えたニンテンドーゲームキューブを祝うべく、海外ゲームメディアのVideo Games Chronicle(VGC)が同ゲーム機に関する逸話をまとめています。

GameCube at 20: Nintendo insiders on the failed console that changed the industry
https://www.videogameschronicle.com/features/gamecube-at-20/

Nintendo Considered Making The GameCube “Poopy” Brown
https://www.thegamer.com/nintendo-gamecube-poopy-brown/

Nintendo Almost Made The GameCube Look Like Poop – GameSpot
https://www.gamespot.com/articles/nintendo-almost-made-the-gamecube-look-like-poop/1100-6498201/

Nintendo Employee Talks About Decision to Make Game Cube Purple
https://gamerant.com/nintendo-game-cube-purple-color-choice-decision/

ニンテンドーゲームキューブは2001年に発売されたNINTENDO64の後継ゲーム機で、PlayStation 2やXboxと同世代の家庭用ゲーム機です。任天堂のゲーム機としては失敗に終わった部類であり、全世界累計販売台数は約2200万台。商業的には成功したとはいいがたいニンテンドーゲームキューブですが、「それでもどうぶつの森+ピクミンルイージマンション大乱闘スマッシュブラザーズDXなど任天堂にとって重要なタイトルの数々が登場したゲーム機でした」とVGCは記しています。

しかし、ニンテンドーゲームキューブは「過去の任天堂のゲーム機の中で最も苛立たしいほど保守的で、特にサードパーティーとの関係が希薄だった」とVGC。また、オンラインゲームは事実上ほとんど存在せず、著作権侵害に対する内部の懸念を緩和すべく設計された独自の光ディスクなど、多くの問題点を抱えていたと、VGCは指摘しています。

また、NINTENDO64のシューティングゲームであるゴールデンアイ007パーフェクトダークのゲームディレクターを務め、ニンテンドーゲームキューブのコンサルティングにも携わったマーティン・ホリス氏は、同ゲーム機の最大の欠点を「競合他社のゲーム機と比べて十分意味のある差別化要因を持っていなかった点」と指摘。ホリス氏は「ゲーム機が他のゲーム機に勝つには、すべてを正しく行う必要があり、さらに他のゲーム機にはないキラー機能も必要です」と語っています。

加えて、ホリス氏は「NINTENDO64は商業的には成功したものの、市場シェアの大部分を失うこととなりました。その理由はCDドライブがなかったためです。任天堂はNINTENDO64の失敗理由をハッキリと理解しており、ニンテンドーゲームキューブでこれを改善することに成功しました。しかし、それだけでは十分ではありませんでした。ギミックやキラーコンテンツなど、他のゲーム機にはない機能をニンテンドーゲームキューブは持っていませんでした」と語り、ニンテンドーゲームキューブはゲーム機としての魅力に欠けていたと指摘。


ニンテンドーゲームキューブは開発段階では「プロジェクト・ドルフィン」という名称で開発が進められており、コンサルティングを担当したホリス氏は任天堂の京都本社でデモ機の発表を行いました。デモ機の時点でニンテンドーゲームキューブの起動画面は以下の製品版と同じ、紫色のキューブが転がり、ポップな音が流れるというものだったそうです。

Nintendo Gamecube Startup (1080p 60fps) – YouTube

この時、まだ商品名は決められておらず、提案の段階でホリス氏は多数の案を出していたそうです。商品名候補のひとつは「スターキューブ」で、この名称は任天堂により1999年に商標登録されています。

また、任天堂のアメリカ法人であるニンテンドー・オブ・アメリカでマーケティング担当のヴァイスプレジデントを務めていたペラン・カプラン氏は、2001年に同社の会議室に呼び出され、ニンテンドーゲームキューブの本体カラ―を選ぶように言われたことを明かしています。同氏は「そこには30個のニンテンドーゲームキューブのサンプルが置かれており、カラーは不気味な茶色から、クレイジーで印象的な原色のものまでさまざまでした。中には濃い黄色でほとんど肌の色のようだったことを覚えています。これはあまり魅力的ではありませんでした」と語り、多様なカラーリングが用意されており、中には微妙なカラーのものもあったと明かしています。

その後、任天堂が主催する展示会の任天堂スペースワールドで展示されたニンテンドーゲームキューブの試作モデルでは、本体カラ―として紫・黒・金・銀・ピンクの5種類が用意されていました。その後、ニンテンドー・オブ・アメリカでは数カ月にわたりどのカラーリングのニンテンドーゲームキューブをリリースするかについて議論され続けたそうです。

Nintendo Gamecube Space World 2000 – YouTube

カプラン氏は「2021年時点では消費者はさまざまなカラーリングのデバイスを購入することに慣れていますが、2001年はそんなことはありませんでした」と語っています。そして、日本の任天堂本社がニンテンドーゲームキューブのメインカラーを紫色に決めた際、ニンテンドー・オブ・アメリカでは「海外市場で紫色のニンテンドー・オブ・アメリカがどのように受け入れられるか心配していた」とカプラン氏。

ニンテンドー・オブ・アメリカはメインカラーとして紫色を採用することは「最善ではない」と散々忠告したそうですが、日本の任天堂本社は採用を決定したため、カプラン氏らは「その他のカラーリングとして、黒と銀を求めました」と語っています。実際、当時のニンテンドーゲームキューブに関する報道について、「色だけで悪い報道をされることもあったため、発売前の段階でE3に出展するのに非常にナーバスになっていたことを覚えています」とカプラン氏は語りました。


ニンテンドーゲームキューブのコントローラーはNintendo Switch向けのコントローラーとして記事作成時点でも販売されており、優れたコントローラーとして世界中のゲーマーに愛されています。そんなニンテンドーゲームキューブのコントローラーは、独特な形状のNINTENDO64のコントローラーから、より伝統的なハンドルバースタイルのコントローラーに回帰しています。

それでもニンテンドーゲームキューブのコントローラーはいくつか特徴的な設計を持っており、例えば天面にあるL/Rボタンは押し込み式の感圧式ボタンになっており、これは記事作成時点の最新のコントローラーでは多くみられるものの、2001年当時としては画期的なボタンでした。なお。VGCは「ニンテンドーゲームキューブのコントローラーは間違いなく任天堂のリリースしてきたコントローラーの中で、最も快適かつ人間工学に基づいたものであり、記事作成時点でも任天堂がこれを販売しているという事実が、その人気の何よりの証です」と称賛しています。


ただし、ニンテンドーゲームキューブのコントローラーは独特なボタン配置を持っているため、サードパーティーゲームメーカーのゲームリリースを難しくしていたとVGCは明かしています。例えば、当時カプコンでプロデューサーとして現プラチナゲームズの稲葉敦志氏は、ニンテンドーゲームキューブ向けに開発していたゲームのリリースに、独特すぎるコントローラーの形状が大きく影響したと話しています。これについて、稲葉氏は「これは私の個人的な好みですが、少し独特すぎるコントローラーが、物事を複雑にする可能性があります。これは開発者だけでなく、プレイヤーにとってもです。これは必ずしも悪いことではなく、個人的な好みの問題ですが、独自のスパイスがないコントローラーの方が、開発者やプレイヤーへの負担を軽くすることができます」と語りました。

デビルメイクライシリーズやベヨネッタシリーズのゲームデザイナーである神谷英樹氏も、「我々がビューティフル ジョーの開発に取り組んでいた際、ニンテンドーゲームキューブのコントローラーが我々のゲームでやりたいことにうまく機能したものの、必ずしもこのコントローラーでリリースしたいと思っていたかどうかは不明です」と語っています。

また、ニンテンドーゲームキューブのコントローラーが独特すぎたことで、一部のサードパーティーゲームメーカーはゲームのを別のプラットフォームに移植できなかった可能性も指摘されています。任天堂は2002年にカプコンと提携し、「P.N.03」「ビューティフルジョー」「デッドフェニックス」「バイオハザード4」「killer7」という5つのタイトルをニンテンドーゲームキューブ独占で販売すると発表しましたが、最終的にリリースされたのは4つのみ。5つのタイトルすべてをニンテンドーゲームキューブの独占タイトルとしてリリースできなかった理由は、「ニンテンドーゲームキューブのコントローラーが独特だったため」とVGCは指摘しているわけです。

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